L.van.ベートーべン (独)
【使い方】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
[楽曲DB] 作曲家別にMIDIデータ掲載サイト検索。
[解説サイト] 専門的なサイトへジャンプ!!。
代表的な曲 [DB]マークは対象曲の検索。



Beethoven, Ludwig van (1770〜1827)

 「世界の楽聖」とも呼ばれるドイツの作曲家。古典派音楽を完成し、ロマン派音楽への導入を果たした。ドイツ、ボンに生まれ。16歳で母と死別し、酒浸りの父や2人の弟の面倒を見ながら、17歳の時にウィーンに出てモーツァルトに会い、ハイドンなどの指導を受ける。25歳からピアニスト、作曲家として活躍するが、絶えず貧乏に苦しみ、30歳頃から難聴にも悩まされる(耳の異常が始まったのは26歳頃からと言われている)。様々な治療を試みるが、1815年頃からは相手に言いたいことを書いてもらうための筆談帳を持ち歩くことになる。ベートーベンは一度作曲に熱中すると食事も忘れてしまうほどの不規則な生活をし、それが寿命を縮めることになってしまうが、朝のコーヒーだけは欠かしたことがなく、料理は他人に作らせるがコーヒーだけは自分で挽いて飲んだということからもわかるようにコーヒーの愛飲家であった。また、ワイン好きでもあり、死の床にあったときに楽譜出版社からライン産ワインが届き、「残念、残念だ、遅すぎた」と言ったのが彼の最後の言葉だったという。数々の試練と経済的、家庭的不遇を克服した彼の音楽には深みがあり、人間の偉大な理想、世界観が表現され、感動を呼ぶ作品が多い。なかでも9つの交響曲(「第3番 変ホ長調 作品55《英雄》」「第5番 ハ短調 作品67《運命》」「第6番 ヘ長調 作品68《田園》」「第9番 ニ短調 作品125《合唱付き》」など)などが有名。また、ピアノソナタ集(「第8番 作品21《悲愴》」「第14番 作品27-2《月光》」「第23番 作品57《熱情》」など32曲)は、バッハの「平均律クラビア曲集」を音楽の「旧約聖書」と呼ぶのに対し、音楽の「新約聖書」とも呼ばれる。作品はほかに「ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73《皇帝》」、「レオノーレ序曲 第3番 作品72a」など。
(執筆・著) 葉桐夕希
 [楽曲DB] すべて
 [解説サイト](募集中! 自薦・他薦OK)

★代表的な曲
交響曲 第5番 作品67 ハ短調《運命》 [DB]
 交響曲第6番とともに1808年にウィーンで初演されるが不評に終わる。その後、パリで初演されたとき、ナポレオン配下の老兵が突如「皇帝万歳」と叫んだ。それによりフランス人からは「皇帝交響曲」とも呼ばれる。 この曲の有名な主題をベートーべンは親友シントラーに「運命はかくのごとく扉をたたく」と想念を説明した。それによって「運命交響曲」とも呼ばれるが、「運命」という題名でこの曲を呼ぶのは日本だけで、外国では単に「交響曲 第5番」と呼んでいる。

交響曲 第9番 ニ短調 作品125《合唱付き》 [DB]
 単に「第9」とも呼ばれるこの交響曲は、第4楽章にシラーの「歓喜に寄す」の頌から選び出した句の歌詞を持ち、そのために「合唱付き」と言われることが多い。また、合唱部分の旋律はあまりにも有名で、「よろこびの歌」と呼ばれ親しまれている。ベートーべンは当初、ロンドンのフィルハーモニー協会のためにこれまで発想を練っていたニ短調交響曲を純器楽の曲として完成させようとしていた。 もう一つ、合唱を加えた「ドイツ交響曲」とでも呼ぶべき交響曲を平行して進める予定だったが、結局この二つの交響曲を組み合わせ、一つの交響曲として仕上げることにした。初演はウィーンのケルントナートール劇場であったが、曲の演奏が終わったとき、耳が聞こえなくなっていたベートーべンは聴衆の拍手に気づくことなく、アルト独奏者に注意されて、はじめて聴衆の歓喜を見ることができたという。



作曲家リストへ  サイトトップへ

※執筆者の許諾無く内容の一部または全部を無断で複製、転載することを禁じます。