現代日本を代表する作曲家の一人。東京音楽学校で細川碧、橋本国彦の他、諸井三郎にも師事。1948年に交響詩「挽歌」、次いで50年に「交響曲イ調」でNHK管弦楽懸賞特賞を受賞。52年の歌劇「夕鶴」で毎日演劇賞、山田耕筰作曲賞などを獲得して脚光を浴びた。53年に芥川也寸志・黛敏郎らと共に「三人の会」を結成してジャーナリズムの注目の的となった。その後「ききみみづきん」「ひかりごけ」などの歌劇の他、6曲の交響曲をはじめとした管弦楽曲や合唱曲、童謡などを多く作り、常に日本作曲界を主導する立場にいる。また、NHKの「ラジオ体操第2」の作曲者としても知られている。
※2001年5月17日未明、心不全のため、中国・蘇州の病院で死去されました。享年77歳、今年の3月にも新作の歌曲集を発表するなど、健在ぶりが伺われただけに、大変残念です。ご冥福をお祈りいたします。
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