| ハンガリー出身の作曲家・ピアニスト。ブダペスト音楽院で学び、1897年卒業直後には早くもロンドンでピアニストとしてデビューし、名声を得ていた。ピアノ協奏曲第1番ホ短調(1897〜98)でベーゼンドルファー賞を獲得、リスト以降ハンガリーの生んだ最大の作曲家・ピアニストと称された。ベルリン・ブダペストなどで教鞭を執ったが、独ナチス政権との反発で退職。戦後しばらくは冷遇されていたが、1949年にアメリカに渡って定住した。作品はブラームスの系統を継ぐ厳格なロマン様式と、リストを継ぐダイナミズムを融合した作風で、祖国ハンガリーの民族的色彩は薄い。有名な指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニは、彼の孫にあたる。 |