| 1914年釧路に生まれ、北大で林学を専攻し林業試験場の技官などをしながら殆ど独学で作曲を行い、1933年の「日本組曲」や1935年の「日本狂詩曲」など、民族主義的な音楽により、内外に認められ、1946年からは東京に出、音楽を専業とする。紆余曲折の末、アジアのノスタルジックな歌声の擁護者と言う立場に腰を据え東京音楽学校や東京音大で教え、「伊福部楽派」と呼べるべき多くの弟子を育てている。芥川也寸志、黛敏郎、矢代秋雄、三木稔、松村禎三、石井真木など多くの作曲家を育てている。だが、なんといっても伊福部の名前を、一般に知らしめたのは、映画「ゴジラ」の音楽であろう。1954年の「ゴジラ」を皮切りに現在まで、ゴジラの音楽に携わり続けており、組曲としても残している。他には「座頭市」等も手掛けている為、伊福部を映画音楽専門の作曲家と思っているファンも少なくないようである。
2004年頃から体調を崩し、2006年2月8日、東京都目黒区の病院で多臓器不全の為、他界する。享年91歳。
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