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| Prokofiev, Sergey Sergeevich (1891〜1953) |
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帝政ロシアの地方の農村に生まれ育ったプロコフィエフは母からピアノの手ほどきを受け、早くも六歳頃から作曲を開始し、九歳の時にはオペラ「巨人」を作曲している。十三歳でグラズノフに認められ、ぺテルブルク音楽院に入学、リムスキーーコルサコフに管弦楽法を学ぶが、必ずしも熱心な生徒とは言えなかった。ロシア革命と共に東京経由でアメリカに亡命、以来西側諸国で活動するが、ソヴィエト映画「キージェ中尉」のための音楽を委嘱されたことがきっかけで、ソ連への復帰を決断、33年に帰国する。しかし、1948年、前衛的な音楽を非難し、社会主義国の作曲家は「わかりやすく、親しみのある音楽を作曲しなければならない」とする共産党による名指しの批判(ジダーノフ批判)により、事情は一変した。二人の息子と共にモスクワで暮らしていた最初の妻がスパイ容疑で強制収容所に送られるなど、直接間接の締めつけに遂に折れ、プロコフィエフは悔悟の手紙を独裁者スターリン宛に送り、そしてその手紙はモスクワの作曲家と音楽家の全体集会で読み上げられ、喝采を浴びた。プロコフィエフの音楽は天真爛漫、才気煥発と言う言葉がふさわしく、いたずらに満ちた音楽もある一方、洗練された叙情にも富んでいる。また、青少年のための音楽入門である「ピーターと狼」は全世界で愛されている。
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| (執筆・著) ファエトン
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- ★代表的な曲
- 子供のための交響的物語「ピーターと狼」 [DB]
- もともとはオペラ作品であるが、管弦楽用のコンサートピースとして編曲された組曲のほうが広く知られている。
- ロミオとジュリエット [DB]
- バレエ音楽であり、「3つのオレンジ」と同様、こちらも第一、第二組曲が頻繁に取り上げられるが、日本ではまだ知名度は低いものの、ヨーロッパではバレエ演目の重要なレパートリーの一つである。
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