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| Schonberg, Arnold (1874〜1951) |
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オーストリアの作曲家。十二音音楽の創始者で、20世紀音楽に最も大きな影響を与えた一人。ウィーン出身で、はじめはロマン派音楽の影響を見せるが、従来の調性音楽に限界を感じ、無調的作品を書くようになる。探求の末、12音の音列を基本とする、新しい十二音技法に到達する。1907年、33歳頃から突然に絵を描き始め、写実的な風景画、人物画を描き、それも音楽家が描いたとは思えぬすばらしいものであったという。1933年、ナチス政権誕生とともにアメリカに渡り、各地で音楽を教えるなどした後、アメリカで没する。1946年に心臓発作を起こした後、視力を弱め、特注の大型五線紙を使用したという。弦楽六重奏曲「浄められた月」、弦楽四重奏曲「月につかえたピエロ」、オペラ「モーゼとアーロン」など。
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| (執筆・著) 葉桐夕希 |
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- ★代表的な曲
- グレの歌 Gurrelieder
- デンマークの詩人ヤコブセンの物語詩(ドイツ語訳)による、独唱・合唱・管弦楽のための大作(演奏時間約110分、演奏者の数はマーラーの第8交響曲を上回る)で、歌曲・オラトリオ・交響詩の様式を混合している。1900〜01年にスケッチがほぼ完成したが、オーケストレーションが長期にわたって中断されたため、最終的な完成は1911年となった。ヴァルデマール王はグレの城に住む美少女トーヴェと恋に落ちるが、トーヴェは王妃の差し金で殺される。恋人を失った王は神を呪い、その罰として死後も安眠を許されず、臣下を引き連れトーヴェを求めて夜毎さまよう亡霊となるが、夜明けとともに姿を消す。曲は3部に分かれ、第1部はヴァルデマールとトーヴェが交互に愛を歌う連作歌曲の体裁で、間奏曲を挟んで「山鳩の歌」で森に住む鳩がトーヴェの死と王の絶望を伝える。第2部は神を呪うヴァルデマールの歌1曲のみ。第3部では管弦楽と男声合唱で亡霊たちの彷徨が描かれ、恐怖を訴える農夫の歌、王を揶揄する宮廷道化師の歌が挿入される。ついで語り手が夏の夜の嵐の情景を描き、最後に混声合唱が加わり壮麗な日の出を歌い上げて曲を結ぶ。1913年の初演は、シェーンベルクの生涯で唯一の文句なしの大成功となった。
- 管弦楽のための変奏曲 Op.31
- 1926〜28年作曲。両大戦間のシェーンベルクの器楽作品には古典的な形式を復活させたものが多いが、この曲はその中で唯一の管弦楽曲で、演奏時間は20分程度であるが4管編成の大管弦楽を要求する。曲は序奏、主題、9つの変奏、終曲から成る。主題も各変奏も比較的短く、変奏の性格が目まぐるしく変化するのに対して、終曲はかなり大規模で連続的な展開を行っている。また終曲ではバッハの名に因む B-A-C-H(変ロ・イ・ハ・ロ)の音型が活躍する。初演はフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルで行われたがスキャンダルとなり、当時恒例であった新作の次シーズン再演から外されてしまった。
- ヴァイオリン協奏曲 Op.36
- 1936年完成。渡米後のシェーンベルクの最初の重要作品である。12音技法で書かれているが、急-緩-急の3楽章から成り、両端楽章の終わり近くにカデンツァがあるなど、伝統的な協奏曲の構成に従っている。全体にソロが主導的であるが、管弦楽も打楽器を含み多彩である。演奏至難な曲としても知られ、作曲者は初演をハイフェッツに依頼したが演奏不可能として断られたという挿話がある(実際の初演はルイス・クラスナー(ベルクにヴァイオリン協奏曲を委嘱した)とストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団により行われた。作曲者自身は生演奏を聴く機会がなかった)。
- ピアノ協奏曲 Op.42
- 1940年完成。4つの部分(アンダンテ、アレグロ・モルト、アダージョ、ジョコーソ・モデラート)から成るが切れ目なく演奏され、主題も全体にわたって展開されている。作曲者はこの曲の構想として「人生はまことに安穏であった/突然憎しみが湧き起こり/重大な状況が生じた/しかし人生は続いていく」というメモを残しているが、実際、ワルツ風の主題を持つ第1部とロンドである第4部が比較的穏和な性格であるのに対して、スケルツォ風の第2部とアダージョの第3部は激越な表現に満ちている。
- 弦楽三重奏曲 Op.45
- 1944年作曲。それまでのシェーンベルクの室内楽作品が多少とも伝統的形式に則っていたのに対して、この曲は既成の形式によらず自由に構成されており、連続して演奏される5つの部分から成る。曲想は断片的・騒音的な響き(弦楽器の特殊奏法が多く用いられる)から透明な三和音に至るまで極めて多様で、伝統的な動機展開は捨てられ、異質な楽想が直接に交替するなど、表現主義時代の作風に近い面がある。作曲者はこの曲の作曲前に一時心臓停止に至る重病を患っており、この曲にはその体験が反映していると述べている。
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