
K.ワイル (ドイツ) |
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| Weill,Kurt (1900〜1950) |
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1900年3月2日にドイツ東部のザクセン・アンハルト州デッサウ生まれ、1950年4月3日にニューヨークで没す。
故郷の町で音楽の基礎を学んだ後、ベルリンに出て、作曲家エンゲルベルトフンパーディンク(ヘンゼルとグレーテルで有名)
に師事。更に1921年から1924年にかけてフェルッチョ・ブゾーニの元で研鑽を積む。当時のドイツは、束の間の
平和の時代を迎え、首都ベルリンは大衆文化の拠点であった。ワイルは、いくつかの管弦楽曲や器楽曲を書いた後、
表現主義の劇作家ゲオルク・カイザーと手を組んで、音楽劇の作曲に乗り出し、続いて社会批判的、叙事的演劇の
旗手ベルトルト・ブレヒトと手を組んで空前の大ヒットとなった『三文オペラ』を始めとする作品を次々と発表する。
その中で、ワーグナーの楽劇に対抗する、反楽劇としての音楽劇が打ち立てられる。この様に大変充実した活動とは
裏腹に、ナチス政権が1933年に誕生してしまい、ワイルはドイツを去り、パリを経由、ニューヨークに亡命する。
かつて、ベーラ・バルトーク(1881-1945)が、『我々の愛する街並、公園にヒットラー、ムッソリーニの名前が
刻まれるのは我慢し難い!』として亡命したのと経緯は似ている。
ニューヨークに移ったワイルは、50年の生涯を閉じる迄、ブロードウェイの為の音楽劇を、生活の為に書き続けた。
| | (執筆・著) 小坂”たれしゃん”智裕 |
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